Anton症候群
後頭葉occipital lobeには視覚野が存在するので、両側の後頭葉が広範に障害されると、視力は全く失われ、皮質盲cortical blindnessと呼ばれる状態になります。
このように広い範囲の皮質盲が突如として起こることにより、患者は自己の盲目を自覚せず、時にこれを否認することがあります。
このような盲目否認はAnton, G. (1899)らによって記載され、アントン症候群 (Anton-Babinski syndrome, Anton’s syndrome)と呼ばれています。
稀な病態であり、詳細に記述された教科書や文献は非常に少ないです。僕はつい最近知りました![]()
アントン症候群は、一種の病態失認agnosiaと考えられています。つまり、自分の障害を認知できない状態、ということです。患者は、自分は見えていないということを認めず、『自分の視力に問題はない』と言いますが、各種の視力検査では完全な盲目であることが証明され、またその行動を観察しても、盲目であることは確実です。患者がまるで見えているかのように振る舞うので、盲目になっても周囲の医療スタッフがそれに気付くのに数日かかった、なんていうエピソードもあります。
このような病態は、いわゆる盲視blindsightとは逆の病態として記述されます。盲視とは、患者は『見えない』といいながら、視覚を頼りに行動することができるという特殊な病態で、やはり後頭葉の損傷が関係していると考えられています。
精神科の専門書を見てみると、このような病態失認について、皮質の大きな障害による性格変化、盲目への適応障害により心理的防衛手段として『見えている』と作話をするのである、という記述が散見されます。
しかし、アントン症候群の病態が成立する機序について、他にもいくつかの可能性が考えられます。
1つは、皮質の損傷から、何らかの機序により、外界から入る視覚情報と内部の情報との区別がつかなくなり、聴覚などの情報から内部で作り上げた情報をあたかも目を通して見た情報のように錯覚を起こすという可能性です。アントン症候群の患者に『私のネクタイの絵を描いてください』というと、本当はネクタイをしていないのに、患者はネクタイを描くそうです。
さらに他の考えられ得る説として、アントン症候群が、病態だけでなく機序としても盲視と全く逆に起こっている可能性も挙げられます。
つまり、視覚意識の経路が正常で、視覚情報処理により行動に関わる経路が障害されている、ということです。
もし仮にこの仮説が正しければ、視覚意識を生み出す領野、あるいは経路がどこかにあるとして、その『視覚意識経路』は、視覚意識を作るために後頭皮質からの入力を絶対必要とはせず、かつ視覚情報に基づく行動のための処理にはほとんど関わらない、ということが言えます。
そのため、後頭葉が完全に障害されて視覚情報を利用できない状態において、視覚意識のみが生じ、患者はその感覚のみを有する、と。
これなら、患者は嘘でも作話でもなく、事実として『見えている』と感じますが、視覚を使った行動は出来ません。
この考えは何ら実験に基づかないもので、全く根拠はありませんが、僕は常々、精神科領域における患者の意識の変容を『作話』や『妄想』と片付けてしまうことに疑問を感じています。
精神疾患において幻想のような感覚が浮かんでくる感じは、通常我々が感じているクオリアが感じられる感覚に非常に近い気がするんです。正常で、普遍に感じられるこの感覚も、所詮は主観的で、内側の情報を処理したものなのですから。
このような病態失認は、意識について考える上で重要なキーワードになる可能性があると思います。少なくとも、『心理的要因だ』と片付けるべきではないと思います。
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