初めての口演。

最近あまり更新する余裕がなく、気づけばもう10日も前のことになってしまいましたが、
13日に、第102回近畿生理学談話会(@阪大豊中キャンパス)で口演発表を行いました。

生理学全般を扱う研究会で、大学院生も多く発表していたようです。

自分のような、まだ研究を始めて間もない学生が口演させてもらえるという機会はそうそうあるものではないので、発表させてもらえたことは、とても貴重な体験でした。

自分にとってはこれが初めての口演だったのですが、ポスター発表や、少人数で直接討論する場合と異なり、限られた時間で一方的に話し、相手に一定水準以上理解してもらえるようにするというのは、想像以上に難しく、苦労しました。

ラボ内で何度か発表練習をしたのですが、最初は、どうしても自分の研究を主観的に捉え過ぎて、自分が分かっているけど相手はまだ知らない情報について説明不足になってしまったり、わかっていても内容をきちんとまとめられていなくて時間が無駄にかかったり、細かいデータをあれもこれも出したくなったり、という感じだったので、

無駄な部分を削り、重要な点だけに絞り、説明もより短く、わかりやすくと工夫し、
何とか時間内に説明できるようにしました。

普段、他の人の発表を聴いているときは気にしていなくても、スライドを送るときにひと呼吸おくとか、レーザーポインターの使い方など、わかりやすい、聴きやすい発表にするためにはいろいろとコツがあるのですね。

多くの職業と同様に、研究においてもプレゼン能力というのは仕事にかなり影響してきます。
せっかくいい研究をしていても、理解してもらえなければ、質問やコメントも貰えないですしね。

今回の発表では、しゃべる内容をほとんど暗記しておいたので、特にミスはしなかったと思いますが、やはり少し緊張してしまって、練習のときより早くしゃべり終えてしまいました。

質問などは、ある程度予想していた範囲のものだったので、特に困ることはなく、無事に終わったと思います。

今後も学内での発表などでしゃべる機会があると思うので、うまく説明できるよう訓練していきたいです。

日付も変わり、24日になりました。
デキる研究者は、クリスマスも仕事してるものだ、ということらしいので、クリスマスも正月も当然の如く実験の予定なのですが、やはりまだデキる研究者にはほど遠いので、うまく息抜きしようと思っていますbirthday



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我慢我慢。

ここ最近、発表のポスターやスライド作りの作業に時間をとられることが多い。

加えて、トレーニングが上手くいかないところがあったりして、

このところ十分に実験を行えていない。


解析のほうでは、発表の準備をしている過程で少しずつ新しいことも増えてはいっているけれど、

いかんせんデータが増えないから、もどかしい。

毎日のようにデータが出て、どんどん新しいことがわかっていけば最高かもしれないけど、

やっぱりそうはいかなくて、何も出ない日のほうが遥かに多いかもしれない。


何も咲かない寒い日は

下へ下へと根を伸ばせ

やがて大きな花が咲く


今はじっと耐える時。そして春になれば花を咲かせられるよう、今できることを着実に頑張ろう。

きっと将来、出口の見えないようなスランプが何度となく訪れるかもしれない。

そこで腐らず、前を向いて、一歩でも半歩でも進んで行ける人間になろう。


と自分に言い聞かせ…

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【研究会】大脳皮質-大脳基底核連関と前頭葉機能(第3回)

11月26〜27日に、岡崎での研究会へ聴きに行ってきました。

参加者は20〜30人ほどの研究会で、2日間で9つの口演が行われました。

脊髄、中脳、基底核、そして前頭葉というところがメインで、特に報酬関係のお話が多かったです。

内容についてはリンクから抄録が読めます。ここではプログラムの紹介と軽く感想だけ。

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プログラム
◆1日目(11月26日)

①松田和郎(滋賀医科大学)
「中脳ドーパミン細胞の投射様式」

②岡田研一(大阪大学大学院)
「脚橋被蓋核における報酬価値とタイミングの表現」

③小山 佳・筒井健一郎(東北大学大学院)
「動機づけ学習と線条体」

④鮫島和行(玉川大学) 
「対象の選択と運動の選択時における線条体の価値表現」

⑤柳原 真(理化学研究所)
「ソングバード大脳基底核のさえずり行動中および睡眠中の神経活動」

◆2日目(11月27日)

⑥二ノ倉欣久(弘前大学)
「尾状核における神経活動の数的表現」

⑦星 英司(玉川大学) 
「大脳基底核と運動前野をつなぐネットワーク」

⑧平田快洋(京都大学) 
「側頭および頭頂連合野から外側前頭前野への多シナプス性入力様式」

⑨一戸紀孝(弘前大学)
「生体内線維連絡イメージングの下側頭葉顔認知システムへの適用」

www.nips.ac.jp/sysnp/Symposium/the03/H21_Extract.pdf より転載)

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以下、特に印象的だった部分だけ軽く感想。

②岡田さんの発表では、報酬のジュースが出てからしばらくFPをつけたままにしてやると、ジュースをもらった後でもまだ活動する(課題終了まで活動する)ニューロンがあったというのがおもしろかったです。
④鮫島先生のタスクは、4種類の量のジュースを色と形の2次元で評価するもので、しかも動きを決める段階に先だって行動を計画する期間を設けるというもの。報酬に基づく学習行動と神経基盤という問題意識は、今の自分のテーマと近いので、参考になりました。
⑤柳原さんのソングバードの研究は、ひな鳥が親鳥と同じ歌い方のパターンを学習する行動に着目したもの。直接いろいろお話できたけど、個人的に特に睡眠中の学習というのは興味があります。
⑧平田さんの研究は解剖学的に前頭前野と連絡のある部位を網羅的に調べられたもので、特に46d(前頭前野背外側部)が海馬と強いコネクションを持っていること、そして一次運動野からの投射がそこだけ全くないというのが印象的でした。

以下、雑記。

基底核のような皮質下の領域は、普段テレビや本で目にする脳の絵では見えないことが多く、なかなか専門家でないと、とっつきにくいところかもしれません。

そのような皮質下の領域は、進化の過程ではより古くから発達している部分なのですが、近年詳細な研究が盛んに行われ、予想以上に多くの情報がそこで表現されていることがわかってきています。

今回の研究会も、いかに多くの、バラエティに富んだ情報表現が皮質下の領域に存在しているか、ということが強調されていたように感じました。

報酬の価値判断も、短期記憶も、前頭葉の機能だと言われていたようなことが線条体とか中脳とかで十分に行われていることが明らかになって来ています。

そこでやはり気になってしまうのは、じゃあ前頭前野は何なんだ??ということ。

単純に情報を統合して運動指令に変えるだけの場所、なんてのはやっぱりおもしろくないし、実際に自分で記録していても、すごく不思議な活動をしてて、何か特別な場所なんじゃないかということを感じてしまう。

計算論で説明し尽くすのもカッコイイけど、計算で説明がつかないようなことを見つけてみたいなー
という夢があったりします(笑


あと、今回の研究会では1日目終了後に生理研内で懇親会、そのあと2次会で近所の居酒屋へ行きました。

学生は数人しかおらず、知り合いも僅かだったので、懇親会など不安だったのですが、こちらからは知っていても話したことがなかった先生方ともお話できて、とても有意義な懇親会でした。

思うに、サルなどを扱っていると、なかなか休みがとりにくく、外に出る機会が少ないので、特に学生レベルで自分に近いテーマを扱っている人と知り合う機会はかなり少ないと思います。

今年は、神経科学大会も、SfNも行けなかったし。。

その代わり、行けるときは積極的に交流して、問題を共有できる仲間を増やしたいです。

たくさんライバルを増やして、互いに切磋琢磨しながら、より高いレベルの研究をして、将来はみんなで研究会とか開いてお互い討論する、なんて風になればいいなあ、と、妄想してます。

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正しい事をしたければ、偉くなれ。

研究者って、やっぱり、変わり者が多いんだろうなと思う。
いい意味でも、悪い意味でも。

革新的な仕事をするためには、誰かのマネじゃダメで、人と違う視点から物事を考えなくちゃならない。そういう意味で、少しエキセントリックな人格であることは必要なスキルのひとつなのかもしれない。

だから、この世界の人たちと話していると、発想が豊かな人が多くて、新鮮だし、刺激的で、すごく楽しい。

一方で少し良くないと思うのが、あまり研究という仕事を、自身の研究を、客観的に見られていない人が、少なくないんじゃないかということである。

特に研究という職種は、研究者以外と接する機会が極端に少ない。研究に長い期間従事していれば、自然と研究者、および研究者志望の学生との関わりが大半になり、一般的な視点を保つのは難しいのかもしれない。

今回、科研費が大幅に削減されるんじゃないかということで大きな騒動になったことで、研究がいかに国からの歳出に頼っていて、脆いものなのかがわかった。

同時に、様々な制度の問題点も浮き彫りになったし、税金を納めている国民に対して研究成果を還元するべきという趣旨の議論も活発になっている。

しかしこの手の議論は前述の理由もあり、なかなか難しい。

察するに、ほとんどの国民は、私たちが思う以上に、遥かに、神経科学に興味を持っていない。

昨今の「脳トレ」ブーム、「脳科学」関係の書籍の増加、「脳科学者」のテレビ出演機会の増加は、単に記憶力の向上やストレス解消法などの短期的な報酬を求めた結果、あるいはトリビアのような、「雑学」としての知的好奇心から出たものに過ぎないと思う。

もし仮に、NatureやScienceのような学術誌の和訳版が出たとして、毎週楽しみに買う人がどれだけ出るか?さらにそれを考えられうる限りわかりやすく解説してあげたところでどれだけの人が興味を持って聴いてくれるか?

誤解しないでほしいのは、僕は別に神経科学が魅力のないものだと言いたいわけではない。魅力を感じるからこそ、自分でもやりたいと考えているわけだし。

ただ、基礎研究というものは、そもそもそういうものであるということだ。世界一の高さのビルが建てばみんな登りたがるし外観の写真を写すだろうが、それを支える世界トップクラスの基礎工事に目を向ける人は少ないだろう。ビルの基礎工事が評価されるのは、ビルができあがった後、さらに50年たってまだ倒れなかった後かもしれない。

さて、これをどうやって、現に今、広く世論として形成されるに至らしめるか?まして巨額の税金で賄うべきものとして。

これはかなりタフな仕事だと思う。


自分はまだ学生で、研究に関わり初めてたった半年しか経っていないので、当然研究者の知り合いも少なく、研究をやっている学生の友人も数えるほどで、研究者以外の友人、知り合いのほうがはるかに多い。

それでも幾分一般的な視点からは外れた考え方になっているのかもしれないけれど、せめて今のこの場所から見た研究者像、研究者コミュニティの景色は心に留めておきたい。


今回のタイトルは、自分の思うように捜査が出来ず苛立つ青島刑事に和久刑事がかけた一言。

自分が研究をしたいと思ったのは、ボスのためでもないし、教室や大学のためでもなく、まして学会や、国のためでもない。

しかし、多くの人にお世話になり、迷惑をかけながら、ただ自分自身だけのために興味を追求することは、自分でも非難されて当然と思うし、情けなくもある。

でも、今すぐ何かフィードバックしなくては、と躍起になるのは、それに輪をかけて無意味で、無責任だと思う。

やはり今自分がすべきことは、目の前の課題から学び、成果を出すことだけだと思う。

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自分にとっての、"事業仕分け"。

随所で大きな話題になっていて、おそらく多くの人が関心を寄せて見ていることと思う、今回の政府主導の事業仕分け。研究関係の予算も、多くが議論の対象となった。

議論の内容を見聞きした研究者の中では、緊張、憤慨、落胆、あるいは絶望というような意見が大勢を占めていて、日本の科学は終わりだというような悲観的な意見、あるいは、何かアピールしなくてはだめだという積極的な意見などが散見される。

僕個人はというと、正直なところ、現時点ではこの問題についてあまり関心をもって見ることができない。従って、政府や官僚に対して意見したいということもないし、必死にアピールしようという気も起きない。


勿論、今回の仕分けの意図としては、予算の適性配分というよりは全体的な削減が一番の目的であるわけで、何か研究者側にとってプラスになることがあるとは考えにくいし、そもそも一つの先進国家として、このような方向性に向かうということは憂慮すべき事態だろう。

もしかすると、自分が卒業後に国内で研究費を取得しようとしたり、ポストを探すときには、従来よりさらに厳しくなるのかもしれない。そもそも、大きな研究所や、研究室がなくなってしまう可能性だってあるわけだから。


しかし、それらのことを理解しても、やはり、あくまで個人的な意見として、何ら自分の行動を変える気にはならない。もちろん、状況が改善してくれることは歓迎するけれど。

当然、自分はまだ学生で、ボスの予算を使って研究できるというぬるま湯に浸かっていて、危機感がないのだろう。

しかし、例え将来自分がどうなろうとも、そのときはそのときで、その時点で最良と思える決断をするだけだと思うのである。


以前にも一度書いたことがあるが、自分は医者としては働かないということを決めているし、周囲にもそう言ってきた。自分は器用ではないので、命を扱う尊い仕事を兼業というかたちでこなすことはできないと思うし、そもそも現代の医療に対して多くの疑問と欺瞞を感じる。また興味の探求に十分な時間を費やすことが難しいということもある。

単純にヒト、特に患者さんに協力して頂く研究は多くの制約があるし、それ以前に、医者のコミュニティの中で自由に研究をできるポジションにつくのは、容易でないだろう(これは努力や才能とは別次元の問題もあるので、基礎とは少し話が異なる)。


しかし、もし完全に研究予算が取れず、どうしても研究が続けられないという状況になるとしたら、医者として診療する中で、臨床的にできる研究をすることも有り得るのかもしれない、とも思う。

あるいはどんなに薄給だろうとも、バイトとかけもちだろうとも、そのときどうしてもやりたいテーマがあれば、基礎研究に固執するかもしれない。


もし、それも叶わないとしても、、それでも、"思考すること"だけはできる。
1日に1本のコーヒーを買うくらいの、お金と、時間の余裕さえあれば。


どういう選択をするかは、自分でも予想できない。


いずれにせよ、ピンチは即ちチャンスであり、不安定であるからきっと最大限の努力ができる。

今自分にできることは、とにかく、真摯に研究と向き合っていくだけだ。

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異分野交流。

6〜8日に、京都大学G-COE『生命原理の解明を基とする医学研究教育拠点』の研究会で淡路島へ行ってきました。

僕はRA(リサーチアシスタント)として雇用してもらっているので、
ポスター発表もしてきました。

自分の研究について、外で発表するのは初めてだったので、どういうリアクションをうけるのか不安もあったのですが、無事に説明できたし、いろいろと今後に役立てられる質問も頂いて、とても収穫がありました。

この拠点は、神経科学だけでなく、再生医療、癌、老化と生活習慣病、そして免疫・アレルギーという5つの領域の研究が融合されたもので、基礎から臨床へ俯瞰的に理解すること、また異分野の研究者同士が交流することなどを目的としています。

しかし、正直なところ、異分野間で互いの研究を理解し、交流するのはかなり難しい。。

専門用語やデータの形式など、もしきちんと説明しようと思えばすごく時間がかかってしまうし、そこまでするメリットも感じにくいかもしれない。たとえば再生医療と癌なんかだと、細胞のレセプターとかそういう話がメインで互いに理解しやすいかもしれないけど、特に自分達がやっているような基礎の神経科学は、なかなかこういう場では、立場が難しいように感じます。

でも、普段はなかなか交流する機会がない神経内科の先生方や、他の神経関係の研究室の方々にポスターを聴いて頂いて、いろいろとディスカッションできたのが良かったです。

失礼な言い方かもしれないですが、臨床の人たちが、こういう基礎のレベルでのattentionとか、motivationみたいなことに強く興味を持っていてくれていたのが少し意外でした。

臨床的な研究も、基礎的な研究も、医学の進歩に必要不可欠なものです。

「何かに役立てよう」というモチベーションで研究して、それがうまく行くことも勿論たくさんあると思うけど、単純に好奇心から発見したことが、後で実はすごく役に立つことだったと判明するようなことも、やはりたくさんあると思います。

例えどちらであっても、新しい発見は等しく新しい治療に繋がる可能性を秘めているわけで、臨床応用を念頭におくべきか否かということは一概には言えません。

ただ、後者、つまり臨床応用を考えない研究については、その成果をピックアップし、洗練する人がまた必要になってくるかもしれないわけで、そういう役割を担う可能性のある臨床に携わる人が、基礎研究に興味を持っていてくれることがすごく大事だと思うのです。

そういう意味で、今回のように興味をもって基礎的な研究のことを聴いてくれる人がもっと増えてほしいなーと思います。

また、基礎研究者としても、臨床の場を多少なりとも覗いてみることで、研究を洗練させるアイデアを着想できる可能性が十分に秘められているわけで、積極的に臨床の場との交流を持つことは価値があると思います。

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淡路島で2日間実験を離れ、改めて研究の方向性など、考えてみました。

研究者として必須な能力のひとつに、新しい実験を考案することがあると思うけど、それと同様に重要なのが、今ある実験を洗練する、あるいは新たなコントロール実験を考案するということだと思います。

それはディベートと似て、与えられた命題を与えられた立場で思考するのだけど、その場限りの詭弁では無意味で、きちんと論文として受け入れられるものにならないといけない、というところが難しい。

今の自分は、今行っている実験を洗練して、あるいはコントロール実験を取り入れて、拡張するということがまだ出来ていない。まだまだ未熟だなあと感じます。

論文をたくさん読んで、いろんな人と議論をして、もっともっと成長していきたい。

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ミーティングで。

きょうは、阪大でのミーティングに参加してきました。

自分のボスと、あと数人の先生方で集まって、いろいろと意見交換をする場で、
僕も付き添いで連れて行ってもらいました。

ラボ見学や、懇親会なども参加させて頂いたのですが、先生方のお話している様子を見ていて、
やはり同世代で、気軽に相談できる同志がいるというのはとても良いことだなーと感じました。

うちのボスは、常々「良い仕事をしなさい」といいます。

自分が頑張って、良い仕事をすれば、それが評価されて人が集まり、
評価されることで人脈も広がり、また研究に打ち込む環境を得られ、
モチベーションも上がり、さらに良い成果を得られるわけで、positiveな連鎖ができます。

僕はこの世界に入ってまだ日が浅いので、研究関係で話ができるような知り合いはまだ数えるほどしかいません。

特にサルをやってる人だと、なかなか手を離せないので、出会う機会は少ない気がします。

これから、まずは自分がしっかりと仕事をして、良い評価を受けられるように頑張り、
将来的に同世代で気軽にミーティングを開けるような仲間が増えていけばいいなーと思います。

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明日から、2泊3日で淡路島に出張です。

初めてポスターを作ったので、発表してきます。


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知らないことの幸せ。

近所の某バーガーチェーンで夕食がてら論文を読んでいたときのこと。

隣のカップルが、大きな声で話していた内容が、ちょっとおもしろかった。

♂「これ…めっちゃうまい!!ハンバーグが…」
♀「すごいジューシーやんねー!!なんかチーズもすごいリッチな感じだし…」
♂「なんか×××とか△△△とは店の雰囲気からして違うし…」
♀「こっちのなんて、お米ではさんであるよ〜やっぱ日本人だからお米すごいおいしく感じる〜」
♂「おれら今回初めて○○バーガー来たけど、大成功やな!毎日でも来たいくらいやわ〜」
♀「えーでもそんなしょっちゅう来る人なんておるん?こんなええとこ…」
♂「いやーでも、あまりにも美味さに感動して毎日来てるひともおるかもしれへんでー??」

自分はそのチェーン店には大学のころからよく行ってたし、確かにおいしいとは思うのだけれど、
少なくとも今ではそれほどまで感動することはないので、
なんか逆に自分の心の貧しさが寂しいと感じてしまい。。

僕は別に金持ちでもなければグルメでもないので、どんな国のどんな料理でも(たとえ×××のバーガーでも)うまいと言って食べられるのだけれど、
世の中には飽きるほど世界中の高級料理を食べ尽くして、1000円や2000円の料理じゃおいしいと感じられない人もいて、

そういう人たちって一見するとすごく幸せな生活を送っているようだけど、実はなかなか幸せだと感じられないわけで、
そう考えると幸せってすごく相対的なもので、閾値が低くてすぐにおいしいと感じられるほうが、グルメで何もかもケチつけながら食べるより幸せなんじゃないかなーという気がする。


**********


つい数年前、はじめて神経科学というものに触れたときは、
イメージングで脳の特定の部位の活動が高くなっているのを見るだけで感動したし、
神経細胞の1つ1つがいろんな情報を運んでいて、
さらには数式で脳の情報処理過程を表すような試みがされていたりして、

なんかまるで異国のサーカスか手品を観ているような、
自分の手の届かないところで繰り広げられるドラマに、得も言われぬ魅力を感じたものだった。

しかし現在、実際に自分がこの世界に足を踏み入れてみると、論文や研究会などで日常的に勉強できるようになり、
以前よりは少し知識も増え、
それに伴って少しずつ世界の見え方も変わって来たように思う。

他人の研究や発表に対してもまずは懐疑的な立場で考察し、
データは正しいか、コントロールは十分か、そこから得られる結論は妥当なものか、
より細かく見ようとするようになった。

そうすると、例えトップジャーナルに掲載されるような、有名な研究者の仕事でも、信頼できないものも少なからずあるわけで、
まだ何も知識がなかったあの頃に比べると、少しずつ見える景色が疑惑で楠んだ、色あせたものになってきたような気さえしてしまう。

じゃあ、何も知らないほうがよかったのか?僕は、少なくとも今は、そう思わない。

例え、無条件に光り輝く美しさではなくとも、誰にも知ることができないところへ辿り着きそれを噛み締める喜びは、幾分静かなものではあれ、遥かに充実感に満ちた感動であるはず。

スティーヴン・ホーキングの目には、夜空の星々の瞬きはどう映るのだろうか―


ここから先の感動は、誰かに与えられるのではなく、自分で創り出すしかないのかも知れない。

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「失敗」が報酬となるとき。

夜中に目が覚めたので書いてみました…

When errors are rewarding.
de Bruijn ER, de Lange FP, von Cramon DY, Ullsperger M.
J Neurosci. 2009 Sep 30;29(39):12183-6.

Journal of Neuroscience誌より。
Brief Communicationのためか、かなりCasualなタイトルです。

内容を簡単に言うと、

  • 状況によらず、とにかく「エラー」に反応する領野
  • 状況によらず、とにかく報酬を得たときに反応する領野

がそれぞれ別に存在する、ということです。

ヒトのfMRIで脳のBOLD信号を測定しつつ、簡単なコンピューターゲーム課題をさせます。

(BOLDは脳の血流の酸素化の程度の指標で、その変化はその領域の神経活動の増減に関連すると考えられています。)

ゲームの内容は、画面の上側に出現するターゲットの左右の位置と、画面の下側にある自分のカーソルの左右の位置を合わせるという単純なもので、うまくピッタリの位置に合わせられればお金がもらえるというものです。

そして、この実験では、2人のヒトが同時に実験室にやってきて、自分がトライする試行と相手のトライするのを観察する試行を交互に行うこと、そしてブロックごとに「協力条件」と「競争条件」が入れ替わることを説明されます。

別室に誘導され、お互いの姿は見えないですが、

協力条件では、もう1人の被験者が成功してくれれば自分がお金をもらえて、
競争条件では、相手が失敗してくれればお金がもらえます。

(実際にはこの説明はウソで、2人ともがコンピューター相手に同じ実験をしています。)

つまり、お金がもらえる場合は、

自分のトライで成功したとき
「競争条件」のときに相手のトライが失敗したとき

お金を損する場合は、

自分のトライで失敗したとき
「競争条件」で相手が成功したとき
「協力条件」で相手が失敗したとき

ということになります。

ここで注目すべきなのが、「競争条件」で相手が失敗したときです。
このときは、相手の「エラー」が自分の報酬に結びつくからです。

このような設定で、実際に実験中のMRIの結果を見てみると、

大脳基底核の線条体(striatum)では、とにかく自分がお金がもらえるときに強いBOLD信号の変化が見られました。
特に、「競争条件」で相手のトライを見るときには、相手が失敗するときのほうが、相手が成功するときより強いという結果が得られました。

しかし前頭皮質内側の後部(pMFC)では、どの条件でも、自分あるいは相手が「失敗」するときに強い活動が見られました。
なので、「競争条件」で相手が失敗すれば、やはり強いBOLDが見られました。

と、このように、2人の被験者を使って、相手の行動価値が競争or協力というコンテクストによって異なるという課題を行うことで、エラーそのものをコードする部位と報酬をコードする部位をそれぞれ示したというものです。

********

さて、自分はMRIのことは詳しくないですが、

結果の棒グラフを見ると、先の「競争条件で相手のエラーを見るとき」の結果以外は、全て逆転する結果(correct > error or correct < error)となっています。

ということは、もし「競争条件で相手のエラーを見るとき」の結果が信頼性が低ければ、これら2つの領野はただ単に逆の活動パターンであるというだけになるのですが、ここではp < 0.0001と強い有意差があるようです。

ただ、協力条件で相手が失敗or成功では有意差無し(p = 0.06)ということで、結果を鵜呑みにして結論付けして良いものかというのは少し気になりました。

あと、協力条件のときと競争条件のときで、失敗か成功かに限らず、BOLD信号の変化率にかなり差があるように見えます。これは何故なんだろう。縦軸の目盛りがマイナスまでとってあるので、活動が増強したといってもほとんどゼロとマイナスの変化の比較だったり。

まあそして、当然ながらこのタスクに特異的な活動を見ているだけの可能性もあり(つまり、ただ単にターゲットと自分のカーソルが「離れている」ときだけの活動を見てるかも)、別の実験でも確認される必要はあると思います。

また1試行の報酬は10セント(9〜10円)ということで、お金に余裕があるヒトはそれほど気にならない金額かもとか思ったり。被験者の収入で差が出たりするだろうか。

今までは1人でタスクを行って、エラーのときと成功のときを比較する実験しかなかったのを、2人にして2つのコンテクスト、そしてownとobservedの2条件で行ったというのがおもしろい。

きっともうどこかでやられているだろうけど、実際に電気生理でやっても同じような結果が出るだろうか。

そういうニューロンがあれば、「エラー」という情報に関して自己と他者の区別無くグローバルに表現しているという意味ではミラーニューロン的でもあるんだけど、実際にこういう状況で報酬を予測するにはやはりエラーの情報と報酬の情報という2つの要素が絶対必要なわけで、きっとある気がする。

しかしそれらの統合された認知に近い情報がやはり前頭のニューロンで表現されるとして、その表現は線条体なんかの報酬の表現とどう区別されうるのだろう。もちろんスパイクの立ち上がりのタイムラグとかはあるかもしれないけど、報酬予測は中脳レベルで表現されてるわけだし…

なんかこうやって2者あるいは2匹でやると、おもしろいことができそうですねflair

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秋。

すっかり秋ですね〜moon3

我が家にもついにオイルヒーターを導入しました。

実家でも使っているDelonghiはちょっと高い…ので、
安くてタイマーがついてる、AucSaleというところのを購入。

ついこの前の休みに市内の家電量販店に行ったら「まだ時期が早く入荷していない(←え)」と言われたので
しょうがなくAmazonで探したのですが、なんと翌日発送で、2日後に届きました。

便利な時代になったものです。

そういえば、今日、疑問に思ってたことが1つ解決されました。
ココログのサポートページより抜粋:

文章の改行を行う場合に Enter キーのみを押すと、広い行間で改行されます。
これは文章の段落を分けたいときに使うと便利です。
(html のソース的には、<p> </p> が挿入されます)
文章の改行を行う場合に、Shift キーを押しながら Enter キーを押すと狭い行間で改行されます。
ただ単に改行をする際にはこちらを利用するケースが多いようです。
(htmlのソース的には、<br /> が挿入されます)
ただ単にEnterキーを押すだけですと、たくさんの行間を空けることができません。
そのため、行間を数行空けたい時は、Shift キーを押しながら Enter キーを押して、必要な行間を確保してください。

今までは「なんで1行空いたり空かなかったりするんだろ…」と思って、どうしても空けたくないときはワードとかで作ってからコピペしたりということをしていたのですがsweat01

もういい加減1年以上も使ってるのにこんなことも知らなかったのかって感じですね。。



さて、研究のほうなんですが、まずグローバルCOEの全体リトリート(11月6-8日@淡路夢舞台国際会議場)にポスターを出します。これが自身の研究について外部で発表する初めての機会になります。とは言っても、g-coe関係の人以外はあまり来られないとは思いますが…

次に、近畿生理談話会(12月3日@阪大)で発表する予定です。こちらは口演になります。初めて参加しますが、聞いた話では若手主体で、座長とかも学生がやったりするらしいです。

自分が今年発表する予定はそれくらいです。

あと、生理研研究会「大脳皮質ー大脳基底核関連と前頭葉機能」(11月26−27日@岡崎)というのがあるらしく、関連する話が多いみたいなので聴きにいってこようかなと思っています(基底核がメインではあるようですが)。

今は、とりあえず11月のポスターを作るため、実験をしつつデータ解析、ポスター作製を進めています。

今回のポスターはおそらくニューロンのデータはあまり出さず、行動データメインのものになると思うのですが、今まで1日単位でしか見ていなかったことを今回初めて数十日分重ねてみると、いろいろなことが見えてくるのに驚きます。

ポスターも初めて作りますが、いざ自分で作っていると図の大きさとか文字のフォントとかバランスとか、くだらないことでもかなり悩んで、時間を費やしてしまうものですね。

ここ最近、実験のほうでいいデータがとれず、研究の方向性について少し悩んでいました。
8月頃には、一通り実験・記録することができるようになり、本来ならばこの時期にはニューロンデータもある程度の話はできるくらいに揃っている予定だったのですが。。

やはり相手は機械だけではないので、様々な不確定要因もあり、思ったような結果が出てこないということもありますし、

単純に自分の力不足なところもあります。

思った通りに行かないのは、研究という仕事の怖さでもあるでしょうし、
同時におもしろさでもあると思います。

今は頭であれこれ悩んでいるだけではらちがあかないので、とにかく手を動かして、実験に打ち込むことで、打開していこうと思っていますrock


秋、といえば、以前住んでいた旭川に、「春夏冬(しゅんかとう)」というラーメン屋がありました。
四川味噌で有名な店で、よく飲んだ帰りに食べたものですが、店の名前の由来はもちろん、

「あき」が来ない、という意味ですhappy01

 

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